不滅の言葉 98年1号

論  説

イエス・キリストの福音――我らが共有の遺産――

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 ほぼ二千年ほど前にイエス・キリストによって説かれた福音は、神の愛についての福音であります。神の愛とは、結局のところ、永遠の平安と永続する喜び、および対立する人々の集団の間に調和を確立する最も確実な方法であります。

 宗教は適切に理解され、正しく実践されない限りは、血なまぐさい戦争と最悪の略奪の源泉になることは、多くの歴史上の証拠が明らかにしております。けれども、さらに言えば、小さな宗教でも、真剣に実践することによって莫大な善を私たちにもたらしてくれると、『バガヴァッド・ギーター』は明言しております。キリスト教のような宗教が無数の人々に光明にあふれた道を指し示し、平安と慰籍を与えてきたこと、そして将来においてもそれをなしつづけることを否定することはできません。

 ところで、キリスト教徒にあらずして、イエス・キリストのすぐれた生涯と教えとから霊感を得ることは可能でしょうか? この問いに対する回答はもちろんイエスであり、積極的な肯定であります。クリシュナがヒンドゥ教徒の占有物ではなく、ブッダが仏教徒の占有物ではないのと同様に、キリストもまたキリスト教徒の占有物ではありません。神人たちとその福音とは、シュリ・ラーマクリシュナがきわめて巧みに、「月の叔父さんはみんなの叔父さんさ」と述べたように、人類共通の遺産であります。

 私は思うのですが、自分の宗教を捨てて他人の宗教を受け容れること――このことは何人かの伝道者によってこれまでにも真剣にかつ体系的に述べられてきたことではありますけれども、異なる宗教から霊的な教訓を授かる上で望ましくもなければ必要なことでもありません。この点はシュリ・ラーマクリシュナの生涯が最良の例を提供してくれております。シュリ・ラーマクリシュナは生涯を通じて敬虔なヒンドゥ教徒でありました。だからといって、それによって彼がキリスト教とイスラームを高く評価し、それらの教えを実践する妨げとはなりませんでした。シュリ・ラーマクリシュナの伝記の読者ならよくご存じのことですが、彼は聖書を声を出して読んでもらってそれを聴くのを楽しみにし、キリストのすぐれた神への愛と敬神に非常に強い印象を受け、遂にはキリストのヴィジョンによって嘉されてさえいるのです。

 シュリ・ラーマクリシュナは、信者を前に話をしているとき、聴衆に記憶しておいてもらいたいと彼が望む或る部分を説明するために、しばしば聖書から引用したということであります。例えば、話が結婚と宗教上の独身主義(禁欲)対霊的生活という問題にさしかかったある機会に、シュリ・ラーマクリシュナは聴衆の一人にご自分の部屋の書棚から聖書を持ってこさせ、以下の著名な箇所を声に出して読むように頼んだということです。

 結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受けいれることのできる人は受け入れなさい。(マタイ一九・一二)(新共同訳)

 シュリ・ラーマクリシュナの範例に従い、彼の名を冠して創設された修道団は、イエス並びにほかの宗教の開祖たちの神聖な記念に多大な敬意を払ってきており、それ以後今に至るまで、彼らから崇高な霊感を拝受してきております。イエス・キリストの生誕と関連を持つ西暦の新年の年頭に当たって、私たちは以下の祈りを誠意を持って捧げるものであります。

 イエス様をしてその慈悲に満ちあふれた恩寵を我らに与えしめ給え。以て、我らもまた神の愛において成長し、神の国に入るにふさわしき者たらしめ給え。

 *  英語では eunuch. ここでは先天的に生殖能力を欠いた者のこと。

 ** インドには複数の暦法があり、それぞれの一年の始まりは西暦と異なる。


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