NIPPON VEDANTA KYOKAI
Vedanta Society of Japan
不滅の言葉 1965年3号

読者の欄
神性は慈悲
望月良一

 私が拝読する経典の中に「人身に生を享ける事は難しい、更に真理に遭う事は百千万劫の輪廻転生の間に於いても容易ではない。今生に在って我に体現せねばいつの世にそれを成就出来るであろうか」という意味の言葉がありますが、ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ両大聖の尊い福音に触れ得た現在の私には此の言葉ほど切実な真実感をもって自己を奮起せしめるものはありません。
 幼少より虚弱で不遇な生活に処して来た私は、何んとか自己の内外に積る苦因を除きたいと思う利己的動機から宗教に近づきました。此の為凡ての宗教の目的が解脱にある事は理解しても、解脱への道を、神の化身とも呼ばれる聖者達が一見矛盾した自己犠牲を伴う行為(禁欲、苦行、克己、慈悲等)によって到達されると説く事に就いてなかなか得心出来ませんでした。解脱といい、神実現といい、常識的には利己的または非人間的な観を免れぬ目的に対し何故自己犠牲的、非利己的な行為がその達成の手段となるのか、私は今次の如く教えられ解釈しました。
 人間は表面的に又は生物学的に観察すれば欲望の動物であると言えます。世界の歴史も文明の発展消長も極言すればその人類の知性の背後に活動する欲望の所産でもあります。この複雑な無数の欲望は、食欲、性欲、自由欲の根本欲が因となり、各々人間生活の中で無限の拡大性を有するもので、人間が快楽、名誉、権力、蓄財等に果てなき願望を持つのもこの自己保存本能とも自愛とも名づくべき根本欲の活動であります。そして此の有限の世界で無限の拡大性を有する自愛心を放置するならば忽ち種々の社会不安が発生し、闘争と煩悩に満ちた世界が出現するのですが、人間精神の中にはそのブレーキとなるべき理性と共に自愛心に相反する愛他心、即ち神性がまた無限の拡大性をもって存在しているのです。
 人間が自己保存拡大を最も根本的要求としながら、自己の生命や肉体を失っても尚父母、妻子、友人、同僚を生き長らえしめんとする行為をよく見聞しますが、この愛他心は何に起因するのでしょうか。先日も私の通勤する駅で子供が誤ってホームから転落し、丁度入って来た電車によって礫死寸前の時、中年の男の方が線路に飛び降り無事その子供を救い出しました。
 この行為は自己保存本能、自愛心の最も激烈の時に於いてその人の神性たる愛他心が一瞬に顕現した実例であり、この方が飛び降りる時自己の生命の保全や妻子、名誉、財産等の一切を思い図る気持は全く無かったに違いなく、実際脚本人も後で「無我夢中でした。」と申し述べて居られます。斯様に私は欲望を基とした個我に対し、慈悲を基とした至上我即ち神性を人間に認めねばならぬと考えます。古来多くの偉人、志士、聖者と呼ばれる人々は他人を我とし、社会国家を我とし、全人類を我としたる愛他心拡大の結果であり、此の点より各人の神性は無限に拡大発展し、遂には神と合一する同質の存在と見るのが当然です。
 私は神が無限の智慧と喜びと慈悲の存在であると思いますが、神の主体性は真に大悲大慈悲の愛のみ心であると固く信じる次第です。併し人間がこの愛地心を拡大し神を実現せんとするならば必然的にそれに相反する自己心、欲望を制御せねばなりません。仏陀やキリストやラーマクリシュナ等神の化身と呼ばれる聖者達が終生純潔で名利や権力に活淡であり、一切衆生に慈悲をたれ、自己犠牲的行為に終始した事実はこれを証明するものでしょう。
スリ・ラーマクリシュナは金銭と性の欲望に執着する事が神実現に大いなる障害になると戒められ、スワミ・ヴィヴェーカーナンダは無私の心で貧しく恵まれぬ同胞に、社会に、国家に奉仕せよと叫ばれ、それが解脱への第一歩と強く啓示されて居ります。仏教に「上求菩提、下化衆生」という聖句がありますが、此れは上に至上の智慧と霊性を求め、下に一切衆生を救わんとする慈悲の心を持つこと、此れが車の両輪の如く進みゆく所に菩薩の行と宗教の本質があると教えられました。ヴェーダーンタの教えもこれと全く同一と考えます。神が愛の存在ならば神の子である私もまた愛の心を持たねばなりません。過去の私は自分より不幸な恵まれぬ方々を新聞紙上やマスコミで見聞しても柳かの同情こそすれ、結局は運命と社会の責任に帰して心にさして痛痒を与えぬ侭に忘れ去る誠に恥ずべき虚無的エゴイストでありましたが、現在そうした方々に対し我が事のように同情し、親が子の病気に際し何もしてやれぬ無力感に等しい感情を痛切に心に覚えるようになりましたのもラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ両大聖の限りない愛のみ教えに触れ得たからでございます。私は今後一層お祈りと瞑想に精進し自己の本性を確信自覚し、更に愛他心の行によってこれを発展拡大してゆく事を誓います。神のお導きと会員皆様の御叱正と御厚誼を心より祈願申し上げます。

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