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不滅の言葉　1964年５・6号

霊感溢るる時（1）

（INSPIRED TALKS）
ヴィヴェーカーナンダ

まえがき

　今から約七十年前の一八九三年九月、シカゴで行われた第一回世界宗教大会に、若干三十才にしてヒンズー教を代表して出席したインドの無名の青年僧スワミ・ヴィヴェーカーナンダは、そのあふれる如き熟誠と他のあらゆる宗教を包含する広い抱擁性とをもって諸宗数の協力・一致、調和と平和への道を説き、一躍知名の士となった。そして物質的繁栄に酔うアメリカ、ヨーロッパの人々にインドの栄光と文化と霊性の偉大さに目を瞠らせた。大会終了の後も彼は求めに応じてアメリカ国内の各地を巡歴して講演し、人類の普遍的宗教たるべきヴェーダーンタの根本的な真理を説いてまわった。一八九四年の冬の初めに彼はニューヨークに帰り、ブルックリン倫理協会、の要請をいれて連続講演を行った。これらの講演がアメリカにおいて組織的な仕事をはじめる糸口となった。間もなく霊的な悟りについて真剣にスワミの指導を受けたいと希望する人々が集った。彼はその時間の全部をささげて談話や講演で教え、毎日これらの熱心な門人たちにラージャ・ヨーガとジュニャーナ・ヨーガの二重の方法の実践を指導した。当時の彼の講演は最も深い哲学的洞察と宗教的敬虔さの異常な爆発そのものだった。すなわちジュナーニ（真の知者）とバクタ（信仰により神と合一した人）のコンビネーション、悟った聖人で真の神秘主義者という彼の本質を示すものであった。
　この時代に彼の熱心な支持者となった者の中にはオール・プル夫人、ドクター・アラン・ディ、ミス・ワルドー、ワイマン教授、ライト教授、ドクター・ストリート、その他多くの知名な聖職者や平信徒がいた。ニューヨークの社交界で広く知られていたフランシス・レッゲット夫妻と、ミス・マクレオドは彼の最も親しい友人となった。一八九五年の六月までに、彼は真に建設的な仕事に確固たる基礎を与え、ミス・ワルドー（後のシスター・ハリダージ）に口述したラージャ・ヨーガに関する有名な論文を完了したが、これは間もなくウィリアム・ゼームスのようなアメリカの心理学者の注意を惹いた。彼はまた富裕で有力な信奉者の絶えざる援助を受けたが、それはみんな彼の仕事を一層強化するために使われた。この一年を通じての彼の仕事は大へんなものだった。全く仕事の鬼といってよかった。講演は公開のものも私的なものもあり、緊張が続くので彼は疲労を感じはじめていた。しかし後はサナータナ・ダルマ、即ち永遠の宗教の理想がアメリカ思想界全体に拡大浸透しつつあり、それが教会や世俗的な演壇でしばしば反響されることに満足していた��それが彼のてがらにされることは少なかったのであるが。
　この絶え間ない授業や公開講演の連続ですっかり疲れた彼はどこかに引きこもって少しでもそのいたんだ神経を休ませ、同時に沈黙を守りながらでも将来のために若い人々を訓練する仕事を続けたいと思った。ところがこの問題は自然に解決した。学生の一人だったミス・ドゥッチャーがセント・ローレンス河の最大の島であるサウザンド・アイランド・パークに綺麗な別荘を持っていた。彼女はこれをスワミとその学生たちの用に提供した。場所は台地にある理想的な環境で、美しい河と有名なサウザンド・アイランドのいくつかの島々を見晴らすことができた。閑居をみだす人影はなかった。中に住む人々の聞くのは虫の戸と鳥のさえずりと木の葉をそよがせる風のささやきだけだった。柔らかい月光が景色に風情を添えた。月は崖の下の河水にもきらめいた。
　このうっとりさせる場所で熱心な十二名の学生たちは彼らの敬愛するスワミの霊感的な言葉に耳を傾けながら祝福された七週間をすごした。グループの中には死ぬまで忠実だった二人、シスター・クリスチンとなったミス・グリーンスタイデルとＧ・Ｇ・グッドウィンという若いイギリス人もいた。後者はその一生をヴィヴェーカーナンダに捧げ、自ら彼の秘書となり、アメリカに蒔かれた種子の保全に貢献した。
　この島に滞在中ヴィヴェーカーナンダは歴史的な、哲学的な、霊的な、世俗的なあらゆる問題を解決した。彼の持っていたすべてが永遠の真理の多面性を湧出顕現せしめたかのようであった。ともかくサウザンド・アイランド・パークの七週間はヴィヴェーカーナンダの一生において最も自由で最も偉大な時期の一つであった。島の静寂の中での彼の生活の雰囲気は昔のダクシネスワールにおいて先師（ラーマクリシュナ）が生活し、かつ教えたそれと似ていた。ガンジス河の岸辺のダクシネスワールで帰依者たちの魂をゆさぶった霊的ラプソディ（狂詞）とエクスタシー（法悦）の旋風がこの淋しい島でも異なった帰依者たちの魂を新たにゆさぶった。彼の法悦的なこの時代の言葉の片鱗は学生の一人だったミス・ワルドーの努力に負うところの多い「インスパイアード・トークス」という書物にうかがわれる。霊的傾向のある人々にとって最も貴重な伝承物の一つとなった不朽の「サニヤーシンの歌」をヴィヴェーカーナンダが書いたのもこの隠れ家の沈黙の中においてであった。（『ヴィヴェーカーナンダの生涯と語録』より）

　一八九五年六月二十五日火曜日

　あらゆる幸福の後に不幸がやってくる。それは遠く離れていることもあり、すぐにやってくることもある。魂が進歩すればするほど早く幸福は不幸のすぐ後にやってくる。われわれが欲するのは幸福でもなければ不幸でもない。両方ともわれわれの本性を忘れさせるものである。両方とも束縛の鎖である。一つは鉄の鎖であり、他は黄金の鎖である。幸・不幸の背後にアートマン（純粋自我）が存する。それは幸・不幸を知らない。幸・不幸は状態であり、状態はつねに変化する。けれども魂の本性は至福であり、平和であり、不変である。われわれはそれを獲得する必要はない。われわれはそれをもっている。不純物を洗い落としさえすればそれが見えてくる。
　純粋自我の上に立て。そうすればわれわれは真に世界を愛することができるばかりである。どこまでもどこまでも高いところに自分を置け。そうすればわれわれは宇宙の本質がわかり、世界のあらゆる変化する光景の上に立って、絶対の平和の心をもって見ることができるにちがいない。われわれの世界は赤ん坊のあそびにすぎない。それが分かると、われわれは心をかき乱されることがない。心がもし賞賛されて喜ぶものなら、非難されれば腹が立つであろう。喜びは感覚の喜びも心の喜びも、すべてはかないものである。けれども我々自身の中には無の上に立ち、周囲との関連を絶した一つの真の喜びがある。それは完全に自由であり、至福である。われわれの内部に至福がみちみちていればいるほど、われわれは霊的なのである。「純粋自我」の喜びは、一散にこの世で宗教と呼ばれるものである。内的宇宙、実在は真の世界の投影であり、影にすぎない外的宇宙に比べて無限に大きい。この世界は真実でもなければ虚実でもない。それは真理の影である。《想像は真理の粉飾された影である》と詩人は言う。
　われわれが創造の中に入る、すると創造はわれわれにとって生きることそのものとなる。物はそれ自身生命のないものである。それに生命を認めると、われわれは愚か者のようにその周りをぐるぐるめぐり、それをおそれ、あるいはそれを喜ぶ。けれども市場からの帰り突風に出会い、花屋の家に隠れ場を求める魚売りの女たちのようであってはならない。彼女らはその夜花園の隣りの一室を借りた。そこは空気は花の香りで一ぱいだった。彼女たちは休もうとした。しかし眠れなかった。ついに一人の女が魚の籠が漏れるから頭のそばに置きましょうと言った。それから彼女たちは深い眠りに落ちた。
　この世はわれわれの魚籠である。われわれはそこに安楽を求めて頼ってはならない。役立つものはターマサス Tamasas（宇宙力の一つの面である不活動・無感覚の力）または抑制である。次にラージャサス Rajasas（活動・情熱の力）自己中心がある。そういう人はいつも《私が》《私が》という。彼らは時にはよいことをし、霊的になることもある。けれども一ばん高いのはサットヴイカス Sattvikas（調和をえた純潔と静けさ）であり、内省である。そのような人は《純粋自我》の中にのみ住んでいる。これらの三つの性質、タマス Tamas（不活動の静止の力）ラージャス Rajas（活動の力）サットヴァ Sattva（調和の力）は誰の中にもあり、そのいずれかがいずれかの時に一ばん優勢となる。
　創造とは物を《造ること》ではない。それはコルクの微粉が水の入った桶の底に単独でか或いは塊で投げ込まれた時、上に浮かび上がろうとして突進するのと同じように、平衡を取りもどすためのたたかいである。生命には不幸や禍がつきものであり、それは避けられない。小さな不幸は生命の源である。この世の小さな不幸は大へんよいことである。なぜならば、平衡が回復された時、世界は終わりになるであろうから。それは単調と破滅とは一つのものだからである。この世が崩壊すれば、幸・不幸も共に消え去るであろう。けれどもわれわれがこの世を超越できるならば、われわれは幸・不幸の二つの上に跨り、至福を得ることができる。
　苦痛を伴わずにつねに快楽を得ること、不幸を伴わない幸福の可能性は存在しない。なぜたら生きていることそのことが、失われた平衡そのものだからである。われわれの欲するのは自由である。生きていることではない、喜びでもない、幸福でもない。創造は始めなく終りなき無限なるもの、無限の湖のたえまなくゆれうごく波紋である。その波紋がいまだ達したことのない深淵が存在し、他の者はそこに至り平衡をとりもどした。けれども波故はつねに進んでおり、平衡を回復するための闘いは永遠である。生と死は一つの硬貨の二つの面、同じ面に対する異なった名にすぎない。ある時は生きる為の闘いの名状し難い状態であり、一瞬の後には死である。それらは共にマーヤー（幻）である。それらを越えたところに真の本性、アートマンが存在する。われわれが神を認めるとき、それは実は「自我」にすぎない。それをわれわれはわれわれ自身から引き離し、われわれの外にあるものとして礼拝する。しかしそれはつねにわれわれの真の「自我」であり、一なるものは神以外にない。平衡を回復するためにはわれわれは、ラージャス Rajas（情熱・活動力）によってタマス Tamas（静止・不活動の力）を破り、サットヴァ Sattva（調和の力）によってラージャスを征服しなければならない。その静かな美しい状態は益々増大し、ついには他のすべては消え去る。絆を投げ棄てよ、息子となれ、自由になれ、そうすればあなたはイエスのように、「父を見る」ことができる。無限の力は宗教であり、神である。弱さと奴隷根性をなくせ。あなたが自由であるならば、あなたは無比の魂である。あなたが自由であるならば、あなたには不死が存在する。もしも「彼」が自由であるならば、神は実在するのである。……
　世界は私のためにあり、私が世界のためにあるのではない。幸、不幸は私たちの奴隷であって、私たちがその奴隷ではない。自分の現在いる所に止まり、進歩しようとしないのは獣の習性である。幸福を求め、不幸を避けるのは人間の本性である。幸福をも求めず、不幸をも求めず、しかも永遠の喜びに満ち溢れているのが神の本性である。われわれは神になろう！心を太陽のごとくし、この世の瑣事はすべて超越し、不幸においても喜びに狂え。世界を映像として見、そうしてその美を楽しめ。おまえを動かすものは何もないのだと知れ。子供たちは泥だらけの水だまりの中でガラスの数珠玉をさがしている。それがこの世の物である。静かに自足の心をもって世界を見よ。幸も不幸もただ「神の戯れ」と知れ。あらゆるものを楽しめ。……
　私の師（ラーマクリシュナ）はつねに言われた、「あらゆるものは神である。しかし虎という神は避けるべきだ。すべての水は水である。しかしわれわれは泥水を飲むことは避ける。」
　全天空は神の中心であり、太陽と月は燈火である。どんな寺院が必要であろう？あらゆる眼はあなたのものである。それなのにあなたは一つの眼ももっていない。あらゆる手はあなたのものである。それなのにあなたは一つの手をももっていない。
　求めもせず、避けもせず、来るものを受け入れよ。何物にも影響されないことが自由である。ただ耐え忍ぶのではなく、打撃をうけないことである。かの牡牛の物語を思い出して下さい。ある牡牛の角に一匹の蚊が長い間とまっていた。そのとき蚊は良心にとがめて牡牛に言った、「牡牛さん、私はここに長い間とまっています、きっとあなたを悩ましていることでしょう。気の毒ですから飛び去ります。」すると牡牛は答えた、「いいえ、そんなことは全くありません！あなたの一族を全部つれてきて私の角にとまって下さい。私に対してあなたに何ができるのでしょう？」

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